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ワールドガイド/神々と信仰

エグベル、キリの杖に導かれて悪魔マングラカルを討伐す

 それは、エグベルがまだ人間だった頃のお話。

 ダルク神の策略に嵌まってリト神の神獣である“黄金の獅子”を殺してしまったエグベルは、おのれの愚かさを嘆きました。喪失感と哀しみに打ちひしがれたエグベルは、獅子殺しの贖罪を望み、仲間たち――後にエグベルと並び光の従属神となるマロウ、モシュロコ、リュー・リュー、ユーセス――に相談しました。しかし、いずれの答もエグベルにとって満足できるものではありませんでした。マロウの助言は、超然として観念的です。モシュロコの助言は、死んで詫びろという粗雑なもの。リュー・リューの助言は、穏やかすぎて慰めの言葉にも似ています。ユーセスの助言は、体よりも頭を使うもので性に合いません。
 エグベルが最後に向かったのは、キリのところでした。悲壮感すら漂うエグベルの様子に、キリはいたずら心を抑え切れません。おもむろに一本の木の棒を拾い上げると、真剣な顔でこう言いました。

「この棒が倒れた方に進むと良い。そして、そこで出くわした苦難に立ち向かうんだ。たとえどんなに危険なことだったとしても!」

 この言葉を聞いたエグベルは、いたってシンプルなこの助言にたいそう喜びます。さっそくキリから受け取った木の棒を倒すと、その指し示す方角へと駆け出しました。その様は、まるでつむじ風のようです。「それ以上進めなくなったら、もう一度棒を倒せば良いからね!」というキリの言葉も、彼の耳には届いていません。
 いまや、獅子殺しという大罪と汚名に消沈していたエグベルは消え去り、頑健な肉体に強固な意志を漲らせた最強の戦士エグベルが戻ってきました。今のエグベルには、越えられぬ山も渡れぬ谷もありません。そうしてついに南の果てに辿り着き、その行く手を海が遮ったときでも、エグベルは迷うことなく荒波へと身を投じました。ただひたすらにまっすぐに、最初に棒が指し示した方向へと進み続けるべく、力強く泳ぎ始めたのです。

 やがて、エグベルは小さな島に泳ぎ着きました。緑豊かな楽園にも見えたその島は、悪魔マングラカルの「栽培」の地――「悪魔の庭園」と化していました。ダルク神が、密かにマングラカルの種子を増やし、リト神との戦いに投入する計画を進めていたのです。悪魔マングラカルは島を壊滅寸前に追いやり、生き残った島民たちは隣の島へと脱出するか、島の神木の周囲で身を寄せ合いながら細々と祈ることしかできませんでした。
 島の窮状を知ったエグベルは、今こそ贖罪のときとばかりに悪魔マングラカル討伐に立ち上がりますが、ときすでに遅し。島中の植物が悪魔マングラカルの下僕と化し、島中の生き物が悪魔マングラカルの軍兵となっていました。エグベルは島中を駆け巡り、二本の大戦斧を振り回しては、立ち塞がる下僕どもを延々となぎ払い、襲い来る軍兵どもを次々に叩き割りました。しかし、圧倒的な敵の数に遮られ、肝心の悪魔マングラカルの根城をなかなか突き止められませんでした。

 ところがあるとき、戦局が一変します。攻めあぐねていたエグベルのもとに、その太刀筋に並ぶ者なしと謳われた旅の剣士ジャランダルと、島出身の精霊使いにして勇敢なる戦士ボルケノという、頼もしい二人の英雄が駆けつけたのです。
 ジャランダルは、エグベルもかくやという剣の冴えで、エグベルとその数を競うかのように、たちまち悪魔マングラカルの軍勢を片っ端から切り伏せていきました。島の地理に明るいボルケノは、炎の精霊を操り植物の怪物たちを焼き払った功績もさることながら、悪魔マングラカルの根城を探し出すうえでも大いに力を発揮しました。
 こうして、ふたりの類まれなる英雄たちの協力を得たエグベルは、ついに悪魔マングラカルの根城を見つけ出し、見事その討伐を果たしたのです。

解説

 神話の中で名前の挙がっている「悪魔マングラカル」は、かつて神話の時代にダルク神が生み出した強力な悪魔です。「マングラカル・マスター」という植物系モンスターのグレイン種とも言われていますが、真偽は定かではありません。神話の舞台となった小島は、ピオカ諸島(スタリオンの南方沖にある島々)を構成する小島のひとつだという説が有力です。ピオカ諸島にはマングラカルの「能力」を活かせる動植物が豊富であり、周囲と隔絶された環境ゆえに、秘密裏に作戦を進捗するのにも好都合だったに違いありません。
 この戦いを経たエグベルは「ダルク神によって苦しめられている民を救済するために戦うこと」に獅子殺しの贖罪の道を見いだし、ダルク神が世に放った魔獣たちとの対決へと向かっていくことになります。そういう意味では、悪魔マングラカル討伐のエピソードは、エグベル神話においてかなり重要な位置を占めていると言えるでしょう。
 ところが、現在のマステルルザで悪魔マングラカルのエピソードが語られることは、ほとんどありません。エグベルが「キリの杖」に導かれて駆け出したあと、そのまま「魔獣の砂漠」に到達してバジリスクと戦ってしまう伝承もあるほどです。

 その理由として挙げられるのが、エグベルとともに悪魔マングラカルに対峙した剣士ジャランダルの存在です。ジャランダルは、悪しき陰謀の兆しを感じてこの島に上陸したと伝えられており、この後もリト神のもとで活躍します。しかし、ある事件がきっかけで、ダルク神にたぶらかされて闇の従属神の一柱となってしまうのです。
 「“堕ちた”ジャランダルが、エグベルと共闘していた」という“過去”をよく思わない神官たちによって、悪魔マングラカルのエピソードが隠蔽されたり歪曲して伝えられてきた結果、エグベルにとってのターニングポイントとも言えるこの重要なエピソードは徐々に忘れ去られてしまいました。
 神話の舞台とされるピオカ諸島にほど近いスタリオン周辺の伝承にすら、エグベルは島の戦士ボルケノと2人だけで悪魔マングラカルに立ち向かったと謳われており、しかもその伝承自体が極めてマイナーなのです。悪魔マングラカルは、「エグベルの対戦相手の先駆け」として有名になる資格を十二分に持ちながら、ジャランダルの存在があったために知名度の低い悪魔となってしまったと言えるでしょう。

 エグベルたち3人の戦士と悪魔マングラカルの戦いで、島は深刻なダメージを受け、すっかり荒れ果ててしまいました。その再興のために滅私尽力したのが、リュー・リューだったと言われています。
 悪魔マングラカルの一件に限った事ではなく、他のエグベルの英雄譚においても、リュー・リューが戦いの後始末を引き受けるという逸話は散見されます。これを適材適所の好例として見るか、はたまた男連中の蛮行の尻拭いを女がさせられていると見るか、その議論は尽きることなく様々な場面で――それこそ、神殿内から夫婦喧嘩にいたるまで貴賤を問わず――行なわれています。

 ちなみに、神話にある「キリの助言」についてですが、「キリの杖」と呼ばれる子どもたちの遊びにその名残が見受けられます。この遊びは他愛もない平和的な児戯として、ブラックキール島の各地で親しまれています。また、「大切な進路を、運や他人に任せる」という意味の「キリの杖に訊く」という慣用句もあります。
 なお、「キリの杖」は、杖の指し示す方向に進んだ先で困難を克服するという、エグベル信者の修行法のひとつとしても知られています。しかし、あまりメジャーな修行法ではなく、よほど熱心な信者でなければ志すことはないようです。


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